なぜ、初日に
タイピングをやるのか
AI活用の研修をご依頼いただいた場合でも、初日にはタッチタイピングの時間を取ります。 遠回りに見えると思います。そうではない理由を書きます。
土台は二つしかない ― 表現力と、論理的思考力
代表は金融機関の本部に長く在籍していました。本部の仕事は、企画書、設計書、報告書を書くことが 大半を占めます。そこで分かったことがひとつあります。書いた文章がスッと理解できるかどうかで、 その資料の良し悪しはほぼ決まる、ということです。 内容が正しくても、読み手が二度読まなければ意味を取れない文書は、そこで止まります。
もうひとつ。書くべき物事をきちんと頭に入れるには、論理的思考力が要ります。
目の前の業務の改善策を考えるとき、まず仕事の流れをフローチャートのような流れ図に落とします。 ここで必ず例外処理が出てきます。お客さまからのクレームは、通常の流れとは違った動きをします。 取消、特例扱い、差し戻し。こうした枝を漏らさず書き分けられるかどうか。それが論理的思考力です。 流れ図が書けない人は、例外を知らないのではありません。 例外を頭の中に並べたまま考えることができないのです。
表現力を身につける入口には、良い書籍があります。『理科系の作文技術』や『数学文章作法』のような本です。 まず読むこと。それが第一歩になります。
論理的思考力のほうは、ExcelマクロやPythonで簡単なプログラムを作ってみるのが近道だと考えています。 プログラムは、条件分岐と繰り返しでできています。流れ図に例外を書き足す作業と、 まったく同じことをしているからです。
なぜ「土台」と言うのか
DX推進の研修を作ったころから、同じ図で説明しています。 上へ行くほど華やかな話になりますが、下が欠けていると、上は積めません。
割り算ができなければ、分数の計算はできません。それと同じことです。 いきなり「RPAで事務を効率化しろ」と職員に言っても、効果は出ません。 いまの手順を書き出せない人が、自動化する手順を決められるはずがないからです。
その手前に、読解力があります
近ごろ、受講者の中に読解力の乏しい人を見かけます。 テキストに書いてあることが理解できない。講師の言っていることが理解できない。
読めないと、何が起きるか。文書や指示を正確に受け取れないので、作業の手戻りと質問が増えます。 報告書や提案書を書くのにも時間がかかります。 メールを読み違えて、重要な情報を見落とします。
読めない人が、書けるようにはなりません。 表現力の手前に、読解力があります。タッチタイピングと同じで、ここも順番の問題です。
打つ手はあります。読解力のドリルです。子ども向けから大人向けまで出ていますが、 代表が実際にやってみて効いたのは『2分で読解力ドリル』(西隈俊哉、GAKKEN)でした。 やり進めていくと、少しずつ頭がすっきりしてきます。
演習で使っている本
読むだけでは身につきません。次の本を教材にして、書いて、直されて、また書きます。
- 演習用
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- 『まんがでわかる 理科系の作文技術』[原作]木下是雄/[作画]久間月慧太郎
- 『PowerPoint スライドデザインのセオリー[改訂新版]』藤田尚俊(技術評論社)
- 『できる イラストで学ぶ 入社1年目からのExcel VBA』きたみあきこ&できるシリーズ編集部(インプレス)
- 副読本
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- 『理科系の作文技術』木下是雄(中公新書)
- 『数学文章作法 基礎編』結城浩(ちくま学芸文庫)
- 『数学文章作法 推敲編』結城浩(ちくま学芸文庫)
- 読解力
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- 『2分で読解力ドリル』西隈俊哉(GAKKEN)
なぜ、いちばん最初がタッチタイピングなのか
資料を作る。マクロを書く。この二つには共通点があります。どちらもPCを操作するということです。 そのPC操作でいちばん効いてくるのが、タッチタイピングができるかどうかです。
研修中に、こういうことが起きています
タッチタイピングができない受講者は、誤入力が多く、BSキーの連打が目立ちます。 消して、もう一度打つ。これが繰り返されると、どうなるか。
研修中は講師の目があります。だから受講者は、まず打ち終わることを目指します。 入力することそのものが目的になります。 そうなると、いま入力している内容は頭に残りません。
つまり、誤入力ばかりしている受講者は、研修を受講しても研修が身につきにくいのです。 手が塞がっているあいだ、頭は使われていません。 だからフィネットの研修では、初日にタッチタイピングの時間を取ります。
研修では、テキストを使って、指の使い方、ホームポジション、各指の受け持ちといった 基本を練習します。そのあと、テキストにそって一通りの打鍵練習をします。
ただし、一度やったくらいで身につくものではありません。 研修でお渡しするのは、正しいやり方と、いま何を間違えているかの指摘です。 身につけるのは、そのあとの反復です。 職場の空き時間や、自宅に帰ってから、しっかり練習してください。
仕事でも、同じことが起きています
お客さまに出すメールを打つ場面を考えてください。
タッチタイピングができる人は、頭に浮かんだ文章を、無意識にキーをたたいて打ち込んでいきます。 考えることと打つことが、同時に進みます。
できない人はこうなります。打ち始める。途中でBSキーと再入力が入る。それが何度か続くと、 自分がいまどんな文章を打っていたのか分からなくなる。そこで入力した文面を読み返しながら、 続きを打つ。文の前後の連続性は、そこで切れます。ひととおり打ち終わって読み返すと、 案の定つながっていない。そこでまた修正が入ります。
一通のメールに、これだけの手戻りが入ります。生産性は、とても低い状態です。
だから、表現力や論理的思考力の訓練よりも前に、タッチタイピングができることが 最初に求められる力になります。順番の問題です。
数百人を見てきて、分かったこと
これまでに数百人の受講者を見てきました。そこで気づいたことをひとつ挙げます。
大文字の「A」を入力してもらうと、左手の指でShiftキーを押しながら、同じ左手で「a」を打つ人が 非常に多いのです。
そもそもShiftキーがキーボードの右側にもあることを知らない、気づいていないという人が 珍しくありません。左手の指で打つキーをシフトするときは、右手の小指でShiftキーを押す。 この原則を、誰からも教わっていないのです。
こういう細かいことは、きちんと教えてもらうか、学ぶ機会がなければ身につきません。
日本語と英数字を、行き来できるか
ビジネス文書は、漢字とひらがなだけでできていません。日付、数値、アルファベット、 URL、記号が混ざります。「2026年9月8日(火) Meeting at Office」のような一行を、 止まらずに打てるかどうか。
ここでよく見かけるのが、こういう打ち方です。全角のまま英数字を打ってしまい、 あとから[F8]キーや Ctrl+O で半角に直す。手戻りが出ますし、そのたびに思考が中断します。 BSキーの連打と、起きていることは同じです。
正しくは、打つ前に切り替えます。頭の中で「ここから半角英数字だ」と分かっているのですから、 そのタイミングで切り替える。それから打つ。この順番です。
切り替えには[Caps Lock]キーを使います。左手の小指が、Aキーの真横で届く位置にあります。 [半角/全角]キーでも切り替えられますが、キーボードの左上の角にあるため、 押しに行くと手がホームポジションを離れます。離れれば、戻すのにまた時間がかかります。 小指ですぐに叩ける[Caps Lock]がある以上、[半角/全角]を使う理由がありません。
研修で使っているテキストには、この切り替えだけを練習する問題も入れてあります。
数字は、テンキーではなく一段目で
数字を打つとき、キーボード右側のテンキーを使う人がいます。 連続して数字を入力するときは、テンキーがいちばん速い。それは確かです。
しかし、文章の中に出てくる数字は違います。テンキーに手を伸ばすと、 右手がホームポジションから大きく離れます。 打ち終わったあと、また指を戻す場所を探すことになります。 一段目なら、手首をわずかに動かすだけで届きます。
戻る場所を探している時間は、文章を考える時間から引かれています。 ここでも、起きていることは同じです。
ウェブの練習アプリが測っているもの、教えていないもの
タッチタイピングの練習には、ウェブのアプリがたくさんあります。あれを否定するつもりはありません。 ただ、用途が違います。
多くの練習アプリは、打鍵したキーの正確性と速度を測るものです。 すでにある程度打てる人が自分の状態を確かめるには、よくできています。 飽きが来ないよう、ゲーム性も工夫されています。
一方、初心者が最初に身につけなければならないのは、ホームポジションに指を置くことです。 どの指がどのキーを受け持つのか。指をどう曲げるのか。腕をどの角度にするのか。 こうした項目を扱っている練習アプリを、代表はまだ見たことがありません。 測るための道具であって、教えるための道具ではないからです。
そこで、自分でテキストを作りました
昭和の時代からある英文タイプライターの教則本になぞらえて、練習テキストを作りました。 代表が学生時代に英語会話部で英文タイプライターに触れたときの練習方法に、 その後の経験から得た考えを足したものです。研修ではこれを使っています。 扱っているのは、たとえばこういうことです。
- 指は軽く曲げて置く。伸ばしたままでは、きちんとしたタイピングはできない
- 腕は水平にし、指先がキーに垂直に当たるようにする。手の甲と机のあいだに空間ができる
- FとJのキーにあるポッチは、ホームポジションを指に教えるためのもの
- 各キーを、どの指が受け持つか
- アンカーキー ― あるキーを打つあいだ、残りの指はホームポジションのキーに触れたままにしておく。 こうしておくと、手が動いても指は確実に元の位置へ戻れる
- 日本語と英数字の切り替え ― ホームポジションを崩さずに行う
紙面はこうなっています。
とくに小指です。右手の小指が受け持つキーは、左手の小指の2倍近くあります。 EnterキーもBSキーも、そしてShiftキーも小指が受け持ちます。 ふだんの生活の中で、小指だけを使う作業はほとんどありません。 だから最初は、小指でAを押すことすら、やりづらく感じます。
タッチタイピングを独学で身につけるのが難しいのは、ここです。 やりづらいところを、やりづらいまま正しく通過しなければなりません。 そこは、隣で見て指摘する人がいたほうが早く終わります。だから研修で扱っています。
「先生、エラーになります」
研修でプログラミングを扱うと、必ず起きることがあります。
「ここでダブルクォーテーションを入力します」と言うと、何人かがキーを探し始めます。 そしてシングルクォーテーションを見つけると、それを2回打ちます。 しばらくして「先生、エラーになります」と言ってきます。一人や二人ではありません。
読めないキーは、探すしかありません。探しているあいだ、手も頭も止まっています。 だからテキストでは、記号キーの練習に入る前に読み方のページを置いています。 読み方を知らないまま練習しても、身につかないからです。
身につけ方は一つ ― 書いて、直されて、また書く
表現力も論理的思考力も、読むだけ、写すだけでは身につきません。
書籍を読む。テキストにあるマクロを転記して動かす。それ自体は悪いことではありませんが、 そこで止まると何も残りません。転記しているあいだ、自分では考えていないからです。
実際に企画書などの資料を作る。それを指導者に添削してもらう。良くない点を指摘してもらう。直す。 また見てもらう。このステップを何度も繰り返します。 そうして初めて、『理科系の作文技術』に書かれている表現力が、自分の文章の中で使えるようになります。
マクロも同じです。何問も自分で作ってみる。詰まる。考える。動く。 これを繰り返すうちに、論理的思考力がついてきます。 転記ではなく、自身で考えることを繰り返すことが大切です。
だから研修では、演習と添削の往復に時間を使います。 講義を聞く時間より、書いて直す時間のほうを長く取っています。
この順序が効くことは、実例で確かめています。佐田建設様では、前半2か月をビジネス文書作成の演習と AI操作の基礎に充て、AIを実務に入れたのは後半2か月からでした。 その結果、部門横断11名が7つの業務でAIを実装し、社長・役員への報告まで到達しています。
AIのプロンプトは、ビジネス文書とまったく同じもの
AI活用の時代になりました。ここで重要なのは、プロンプト文の作り方です。
「AIにこんな短い文章を入れるだけで、こんな資料ができた」という動画や解説を、ときおり目にします。 しかし、ビジネスできちんとAIを使うのであれば、この雑なやり方では通りません。 指示があいまいなら、回答もAIの動きも思わぬ方向へ行ってしまいます。 プロンプト文は、自分が求めることを明確に表した文にして初めて、しっかりと目的を果たしてくれます。
これは、ビジネス文書の書き方とまったく同じです。
企画書も報告書も、上席が読みます。作成者の意図が端的に分かることが求められます。 幾通りにも解釈できる文章を書いていたら、上司は内容を理解できません。 『理科系の作文技術』には、そうした多義的な文の例が挙げられています。 上司が理解できない文章は、AIにも理解できません。
新書版の『理科系の作文技術』の序章に「チャーチルの手紙」という話があります。 そこには、経営者が社内文書に何を求めているかが書かれています。 経営者が望む文章の書き方は、そのままAIに入れるべきプロンプト文の書き方です。
AIのプロンプト文の良い書き方は、意外とシンプルです。 スッと理解できるビジネス文書を書く技術と、同じものだからです。 結局、はじめに戻ります。AIを上手に使うために必要なのは、表現力と論理的思考力です。